焼き物

伊万里焼とは?有田焼との違いや様式の種類について解説!

2017/05/20

伊万里焼(いまりやき、imariyaki)

伊万里焼とは、肥前国(現在の佐賀県および長崎県)で作られた焼き物(磁器)のことです。

 場所  佐賀県
 素地の主な色  乳白色、または青みや黄色みがかかった乳白色
 絵柄の主な色  藍色単色(染付)または、赤、藍、緑、黄などの複数色(色絵)
 よく描かれる模様  草花、動物、虫、幾何学模様など
 主な道具  皿、そばちょこ、花瓶、壺、杯洗など

ここだけ押さえたい!伊万里焼のPOINT

icon-check-circle 日本で製造された初期の陶器

icon-check-circle 乳白色の素地

icon-check-circle 繊細な色絵


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伊万里焼の歴史

伊万里焼の始まりは、今から約400年前の朝鮮出兵後に朝鮮から連れ帰られた陶工(焼き物師)によって作られた磁器だったと言われています。その後、その朝鮮の陶工の指導を受けながら佐賀県有田町で本格的に磁器が作られるようになりました。そして、その磁器は伊万里港から運び出されたため、「伊万里焼」と呼ばれるようになったのです。

また、初期は藍色一色で模様が描かれる染付が主でした。しかし、約30年ほど経過して、様々な色を使用した華やかな色絵が誕生しました。

伊万里焼と有田焼の違いって?

伊万里焼が作られるようになった当初は出荷される伊万里港の名前をとって伊万里焼と呼ばれていました。しかし、明治に入ってからは、焼き物は生産地の名前で呼ばれることが一般的となりました。そのため、「有田焼」と呼ばれるようになったのです。また、その頃になると伊万里市でも同様のものが焼かれていたため、それを伊万里焼と呼ぶようになりました。また、有田町や伊万里市以外でも似たような焼き物が焼かれ、志田で焼かれたものは「志田焼」、三河内で焼かれたものは「三河内焼」と呼ばれます。そして、「当初の伊万里焼」、つまり、江戸時代に有田町で焼かれていたものを他のものと区別するために「古伊万里」と呼ぶようになりました。

また、明治以降に、焼き物が港の名前ではなく生産地の名前で呼ばれるようになったのには、輸送手段が船から鉄道に変わったことが関係していると言われています。

伊万里焼の種類(様式)について

伊万里焼には、いくつかの様式があります。

柿右衛門様式

icon-check-circle ミルキーホワイト

真っ白な素地に乳白色の釉薬がかけられるため、青みや黄色みのない純白です。これを濁手(にごして、にごしで)と呼びます。「濁」とは佐賀県の方言で米のとぎ汁の意であるため、米汁手とも呼ばれます。

icon-check-circle 余白を残した絵付け

美しい純白の背景を活かすような色絵が特徴的です。また、色は赤をメインとしながらも青、緑、黄色などの様々な色が使われており、柄は花と動物(または虫)を組み合わせたような自然のものが多いのも特徴です。

古伊万里様式

icon-check-circle 藍・赤・緑・黄色が基本

藍色で描かれた下地の上に赤や緑、黄色、時には金色も用いて華やかに絵付けされていることが大きな特徴です。

icon-check-circle 細かく豪華な絵柄

柄は非常に細かく、白い余白を埋め尽くすように描かれていることが多くあります。

鍋島様式

焼き物自体を指して鍋島焼と呼ぶ場合もあります。鍋島焼は鍋島藩が将軍や大名への献上品、贈答品として作らせたものであるため、様々な決まりのもと、綿密に作られています。つまり、当時ではたいそうな高級品であった訳です。

icon-check-circle 歪みのない形

削り出して成形される丸物成形と型を使って成形される型打ち成形の2種類の方法があります。どちらの方法で作られたものも、機械で作られたように全く歪みがありません。また、皿の場合、大きさや形までもが決められています。

icon-check-circle 規則正しい高台も模様

高台にも模様が描かれています。ずれがなく、規則正しく描かれていることも大きな特徴です。

金襴手(きんらんで)とは

金襴手とは、絵付け後に金を焼き付けて模様を描いたもののことを指します。つまり、赤単色で描かれる赤絵や複数色で描かれる色絵の上に金色で模様が足されるのです。

また、金襴とは、金糸を使用して模様を織り出す織物のことです。この金襴と配色が似ていることから金襴手と名付けられました。

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